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Lebe gehorsam

90過ぎのピアニスト


先日、仕事である村に行った。
30年程前に暮らした事のある村だ。
昔と変わらずその村は、何ひとつ変わっていなかった。

時間を持て余していた僕は、こきちゃない喫茶店に入る。
昭和の時代を知っている人であれば 興味がわく喫茶店だ。

店の中にはでっかいグランドピアノと、8人くらい座れるカウンターと、
4人掛けのテーブルに2人用のテーブル席。
広くもなく、狭くも無く。

僕はカウンターのすみっこに座った。
客は僕しかいない。
時間をつぶすのにテーブル席ではなんとなく気が引けたんだ。

カウンターの中から爺さんがメニューをよこす。
ケーキとコーヒーしかない。
小腹が空いた僕は「食事は何かあるか」と聞くが、
爺さんは笑って「ないねぇ」と答える。 
まぁ、こんなもんだろ。
甘いもんでも喰えば 多少の空腹は抑えられるか。
僕はモンブランとコーヒーのケーキセットをお願いした。

KEY珈琲の缶から豆を出し、一人分の珈琲をおとす。
冷凍庫から凍り付いたモンブランを出し、レンジでチン。
おい・・・・・
まぁ、田舎の喫茶店だ、これくらいは当たり前なんだろう。

出来上がった珈琲を取りに来いと爺さんが目で訴える。
お盆に乗せてみたが足が不自由らしく、盆を持っては歩きにくいようだ。
僕はチンしたケーキとコーヒーを取りに左横へ数歩あるく。
なんでもない行動が、動きが、爺さんにとっては難しいのだ。
気が利かずスマン。

たいして美味くもない珈琲を飲み、生温かいケーキを一口食べ 店内をみまわす。
音楽が好きなのか、jazz系の写真がいたるところに張り出されている。
そういえばこのピアノ、誰が弾くんだ? 

「あんたこの辺の人間かね」
僕は昔、同じ部落の橋向こうに住んで居たが今は違うと説明をする。
爺さんは、この店も今年で40年になると言う。

「なんでこの店が長続きするか分かるかね」
「地元の人が通うから。他に集まる場所がないから?」
この村には娯楽になりそうなものは何もない。
橋を渡った向こうへ行かないとスーパーさえない。
コンビニなんぞ どんなもん? そんな村だ。 
畑と田んぼと木造造りの小売店と後は。。。銀行があるし。

爺さんは珈琲の缶を棚にしまいながら、
「地元の人間なんてこんよ。まぁ、好きでやってるからだな。金の為にやっていたら続かなかっただろうよ」
なるほど。
爺さん、ここは趣味の店か?
「金の為に、稼ぐ為に仕事をしていたら一時は良いかも知れん。だが直ぐに崩れる。金を追いかける仕事は続きゃせん」
確かにそうだが、したら生活はどうすんだ?

「わしは本業がピアニストだったから、そっちで稼いでこの店をやっていたんだ。自宅を改装したから家賃も掛からん」
本業があるんじゃねーか。

「どれ 聞くか?」
「何を?」
「わしのピアノを」
爺さんは店内で流れていた有線を切り、グランドピアノへと いそいそ歩く。
じじぃ、けっこー歩けるじゃん。

ピアノに向かい鍵盤を軽く叩く。
「この曲知っているか? JAZZだが」
僕は知らんと顔をしかめると、
「昔の映画だがこれは知っているか?」
変わらず僕の顔は知らんと答える。

知っている曲に会うまで何曲弾いただろう。 
どこが始まりで どこが終わりかさっぱり分からん。
ようやく知っている曲に会えたのは20分後、クラッシック音楽だった。

「90過ぎても指が覚えているもんだわ」
爺さんは右足を引きずりながらカウンターの中に戻る。
行きはヨイヨイ、帰りはソロソロ。ってか?

「なぁ、若いの また来いよ」
「若くないけど また来るよ」
「わしからみたら じゅうぶん若い」
そうだな、90過ぎの爺さんからみれば若いな。

千円札を出しケーキセットの700円を払い店を出る。
釣りはいらねぇーよ。と言えない自分がちょっと悲しい。
かっこつけて「また来るから預かってて」って、言いたかったな。

音楽なんてさっぱり分からない僕だけど、
芸術のセンスも無い僕だけど、
爺さんのピアノを聞いていた時間は 心地が良かった。
ケーキとコーヒーは美味くないけどな。

金の為に働くなと言う。
金を追いかけるなと爺さんは言う。
チャリンコを必死でこいでる婆さんが、僕の横を通りすぎる。
年寄りにも笑える時代、苦労した時があったんだろうな。

1時間700円
僕は忘れていた幸福な時間を買ったのかも知れない。