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Lebe gehorsam

小さな親切・大きなお世話?

子供の頃、 僕がまだ小学生の頃、心臓に欠陥があり僕は長期入院を余儀なくされた。小児病棟の同じ病室に、僕を含め子供は三人入院して居た。無口な子、明るい子、ひねくれた子。ちなみに【ひねくれた子】は、僕だ。

僕が一番仲良くなったのは、目の見えない無口な子。だった。9歳の誕生日を迎えた頃、目が見えなくなったという。

「なぁ、視力戻らないのか?」 「戻らない。」 「その本、白いボコボコだけど、見えるのか?」 「見えない。これは点字だよ。」 「点字って なんだ?」 「目の見えない人が読む本だよ。」 「面白いか?」 「つまらないさ。」

 

僕が点字を知ったのは、9歳の時。  彼は僕より一つ年上の10歳だった。9歳で目が見えなくなり、10歳で点字の勉強をし、11歳になる頃には養護学校へ行くという。

「なぁ、不思議なカギばあさん、読んでやるよ。」僕は面白くない点字より 童話の不思議なカギばあさんを読んであげると、提案した。 彼は笑顔で「有難う」と言ったんだ。 僕は本が好きで、物語が大好きで、本を読んでいる時は違う世界に行ける。そんな気分を彼に教えてあげたかったんだ。

 

毎日、毎日、僕は彼に朗読をした。僕の好きな本を、彼に沢山読んであげたくて。 彼はいつも「ありがとう」と言う。僕は良い事をしている。って、思った。人には親切にしなさいって、母さんがいつも言っていたから。彼の負担になって居るとは、思わなかった。母さんに言われるまで。

「目の不自由な人ってね、耳が敏感なのよ。本当に本を読んであげる事が親切な事かな?お前が点字で本を書いてあげたら?」

僕は耳の疲れなんて、考えた事がなかった。 沢山の本を教えてあげる、朗読する事が良い事だと思ってた。

「なぁ、聞いてるのって、耳疲れるのか?」「・・・・・・」「やっぱり疲れるのか?」「疲れる時もある。でも君が読んでくれる本は疲れないよ。」「なぁ、僕、点字覚えるよ。点字で物語を書くよ。 そしたら自分のペースで読めるだろ。」

彼は笑顔で有難うって言った。 

僕が点字を覚える前に、彼は退院をした。体調も良くなって退院したのだから良い事なのだ。 僕もその後退院し、彼の事も時とともに忘れてしまった。ごめん、だよな。

 

親切だと思ってやった行動が、時に迷惑だったりする。 障害者支援 の文字を見るたび、僕は考える。 本当に彼が求めて居る事なのか? 彼等が望む事か? 彼、彼女にとって、必要か? 答えは受ける側で変わるから、正は無い。 

僕はこれから点字の物語を書かなければならない。30年以上経過してしまったが、彼は喜んでくれるだろうか? 

 

どうか笑顔の君に会えますように。